天皇の退位問題 −より根本的なことから考える

 *ねぎま軟骨のブログ(「ミルクたっぷりの酒」新訂版)に2017年1月26日に公開

天皇の退位 −4つのありかた

天皇の退位に関しては4つの制度が考えられる。

1 天皇本人が退位を望んでも退位できない。
  国民、政治家が天皇をやめさせることもできない。


2 天皇本人が退位を望んでも退位できない。
  国民、政治家が天皇をやめさせることができる。


3 天皇が退位を望めば退位できる。
  国民、政治家が天皇をやめさせることはできない。


4 天皇が退位を望めば退位できる。
  国民、政治家が天皇をやめさせることができる。


天皇を政治利用して徳川幕府を倒して権力を手にいれた倒幕派が、明治時代に1の制度をつくりあげ、その後、百数十年間、1の制度が継続してきたわけだが...。

天皇の退位に関する現在の制度の問題点

天皇本人が退位を望んでもそれができない1と2の制度の最大の問題点は、それが天皇人間性、自由や意志、権利を一切無視している点にある。
天皇陛下や皇室を尊崇している、皇室(あるいは天皇制)は守るべき日本の伝統だと称している右派・保守派の多くが、天皇皇位継承者たちの人間性や権利・自由が無視されている状況を当然だと考えていて、天皇本人や皇位継承者たちを皇室(女系天皇反対論者たちにとっては男系の皇室)を存続させるためのただの道具扱いしていることに胸の痛みを感じていないというのがなんとも皮肉な話である。>


国民・政治家たちが天皇をやめさせることができない1と3の制度は、現在までは特に問題は生じていない。
だが、将来、天皇にふさわしくない人物が天皇に即位して、国民・政治家・官僚の多くが天皇をやめてほしい、別の人物に天皇になってほしいと望んでも、当該天皇が死亡するまでそれがかなわない事態が生じたときには問題化するかもしれない。
もっとも、現在の制度では、国会議員の半分以上が賛成すれば制度を変えることが可能なので、実際に多くの国民や政治家たちが天皇にやめてほしいと思うような事態が生じたときには制度が変更される可能性はある。


また、天皇本人が退位を望んでも退位できない現在の制度は、当の天皇自身が天皇をやめたといって一切の職務を放棄してしまえば、実質的に退位したのと同じ状態になるのだから、現実にそのような事態が生じる前に3か4の制度に移行するほうが賢明だろう。

天皇の退位をめぐる昨今の情勢

天皇本人が退位の意向を表明した昨年の出来事は、天皇皇位継承者たちの人間性を無視した現在の制度、そしてそのような制度をそれでよしとしている政治家や国民たちへの異義申し立てと言えるだろう。
だが、安倍政権の閣僚や自民党の政治家たちは、この期に及んでも1の制度を変えたくはないのだろう。
今回の出来事の根本的な検討点は、天皇本人が退位を望んでも退位できない現在の制度を継続するのか、それとも天皇の意志で退位が可能となる制度へと変更するのかという点にある。
だが、マスコミの報道をみる限りでは、今回の問題を天皇陛下の公務軽減問題へとすり替えているようにみえる。
現在、天皇が行っている公務の多くは、天皇自身が自らの意志で行っていることだから、体がきつくて公務を減らしたいのなら天皇自身の判断で公務を減らせばいいだけの話である。
わざわざ有識者と言われる人たちが集まって、天皇陛下の公務を減らすにはどうすべきかなどということを話し合う必要はない。
あくまでも検討しなくてはいけないのは、天皇本人が退位を望んでも退位ができない現在の制度をそれで良しとするかの問題である。

おそらく安倍首相自身は1の制度を3か4の制度に変えたくはないのだろう。
だが、天皇本人が退位の意向があることを自ら表明し、国民の多数派がそれを支持している状況では、政権の支持率低下をさけるためにも天皇の退位を認めざるをえない。
そこで、1の制度自体は変更せず、特例法あるいは特別措置法によって、現在の天皇陛下一代に限って退位を可能にするなどという中途半端な政策を実施しようとしているのだろう。
現在の天皇陛下一代に限って退位を可能にするということは、皇太子や秋篠宮など将来の天皇候補者に対して、「あなたたちが天皇に即位しても自ら退位する自由や権利は認めませんよ」と言っているのと同じだから、天皇皇位継承者を蔑ろにしたこんなふざけた対応はない。
一部から憲法違反だという非難を受けながら、あえて自身の考えを表明した現天皇の気持ちは現政権の指導者たちにはまったく届かなかったと言える。
天皇や皇族たちは、憲法が国民に保障している基本的人権さえなく(法哲学井上達夫の言葉を借りれば、天皇や皇族を一種奴隷のような状態においておきながら)、その上、天皇が自ら退位する自由や権利さえもこれからも認めないというのであれば、安倍政権に対して心の底から怒りをもった現天皇が、現政権のもとでは一切の国事行為を行わないという行動にでる可能性だってまったくないとは言い切れない。(もちろん、実際にそんなことがおきたら政治的に大混乱の状況におちいるだろうけど。)
それに、一度天皇に即位したら退位することもできないとなると、皇位継承者たちがみな天皇に即位するのを拒否し、天皇に即位する人が誰もいなくなる可能性だってある。
皇室を守るべき日本の文化・伝統と口にしている保守・右派の政治家たちが、天皇制の存続があやうくなる制度をこれからも続けようとしているのだから、頭大丈夫か?

天皇の退位 −これからのありかた

もし、報道されているように、特例法によって現在の天皇陛下一代に限り退位が認められるとなれば、それは天皇の退位に関する制度が1から2のありかた(天皇本人が退位を望んでも退位できない。国民、政治家が天皇をやめさせることができる。)に変更することを意味する。
今回は天皇陛下自身が退位を望んだので問題ないが、天皇本人に退位の意志がなくても、国会議員過半数天皇の退位に賛成すれば退位させることができる、強制退位、恣意的な退位が将来おこりうる可能性もある。
(ただし、天皇にふさわしくない人物が天皇に即位して、国民・政治家・官僚の多くが天皇の退位を望んだときにはそれが可能になるので、そのことを一概に悪いこととはいいきれない。また、天皇本人、国民の多数派が天皇の退位を望んでいないのに、天皇や多数の国民の意向を無視して天皇を退位させたなら、政治家や政権に対しての信頼が一気になくなるから、政治が安定した情勢下ではおこりえない出来事ではある。
ただ、幕末のように政治が混乱期・動乱期に突入したら、天皇や皇族たちが本人の意向とは無関係に激しい政争に巻き込まれることになるだろう。)


もし天皇自身は退位を望んでいないのに、政治家や国民たちに退位させられることを防ぎたいのなら3の制度(天皇が退位を望めば退位できる。国民、政治家が天皇をやめさせることはできない。)に移行すべきだろう。
その場合、天皇にふさわしくない人物が天皇に即位して、国民・政治家・官僚の多くが天皇をやめてほしいと望んでも、天皇本人が退位の意志をしめすか、死亡するまではあたらしい天皇が即位することはできないけれども。
(もっとも、既に述べたように現在の制度のもとでは、国会議員過半数が賛成すれば制度を変更することができる=天皇をやめさせることができるわけだから、実際にそのような事態が生じたときに制度を変更すればいいともいえる。)


天皇生前退位が1度でも実現すれば、それが先例となって天皇が退位の意志をしめしたときは、国会で議決をとり賛成が過半数となれば退位できることになるだろうから、退位に関する制度を3か4のありかたに変えたほうがいいと思うけれども。


天皇が自らの意志で退位できる制度に反対している人は、それを認めてしまうと天皇がみな自分の意志で退位してしまい、天皇になる人が誰もいなくなってしまうことを心配しているのかもしれない。
だが、天皇が自らの意志で退位できない現在の制度を続けても、一度天皇に即位したら退位することもできないとなると、皇位継承者たちがみな天皇に即位するのを拒否し、天皇に即位する人が誰もいなくなる状況だっておこりうる。
天皇の退位に関する制度をどのようなものにしても、天皇制を現在の形で続けた場合、将来、皇位継承者がいなくなる可能性はある。


天皇の政治行為、政治家・官僚による天皇の政治利用の問題は、憲法の問題もあわせて検討しなければいけない点が数多くある。
憲法に規定されている国事行為以外の天皇の政治行為−皇室外交など−を公務と名付けて憲法違反ではないとしている問題。皇室の宗教儀式を公務とすると、憲法政教分離規定に抵触するので、天皇の宗教行為は天皇家の私的な行為だとしている問題、など。)

最後に

天皇制の問題は左右のイデオロギー対立の問題でもあるので、筆者の政治的スタンスを表明しておく。


天皇制のありかたに対しては、大別すると4つのタイプにわかれる。
1 天皇が政治権力を行使できる。
  ただの世俗権力ではなく、宗教的権威(宮台真司の用語を借りれば「聖なるもの」)でもある天皇に権力を集中させた祭政一致神権政治(神権国家)。


2 天皇が直接政治権力を行使はできないが、儀礼的・形式的な政治行為をおこなう制度。
  (戦後日本の象徴天皇制


3 天皇を宗教的権威(「聖なるもの」)とみなして、政教分離の考えにもとづき、国家の統治機構・統治機関とは独立した存在とする。
  イメージとしては、天皇・皇室を西ヨーロッパのローマ教皇・ローマ教会のような存在とみなしたもの。
  (「天皇は京都に帰って、世俗的な政治とは離れて宮中祭祀をおこなえばいい」という主張がこの立場の代表的なもの)


4 皇室は廃止する。


筆者の立場は3のものである。
ただし、天皇・皇室は日本の歴史の中で特別な位置をしめてきたし、多くの国民が天皇・皇室に対して特別な感情をもっているから、主権者である国民が同意するのなら、皇室を完全な民間団体ではなく、準国教的な存在とすることには反対しない。
皇室の運営費用に税金を投入する、など。(その場合、現行憲法政教分離規定をどうするのかが大きな検討点となるが。)